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2012年03月16日

間質性肺炎 特発性器質化肺炎 その5 気管支内視鏡検査 その2

いきなりベッドに押し込まれ、7,8名の医者に囲まれ驚く暇もなく
次々と医療的作業が私の体に施されていく。

腕や足を固定され目も覆われ、口にはマウスピースなるものをはめられ、
「今から始めます」のような言葉を聞いたかと思うと、意識が薄らぎ始めた。

それからあとどんなことが行われたかは分からない。がしかし、私の別の
意識はちゃんと働いているようだった。それを意識と言ってよいかどうかは
分からないけれど、私の体に施されていることに対する感覚はないけれども、
何か別の次元での意識は働いていた。

驚くことにそれは今も記憶されていて再現することができる。ちょっと現実的
ではないが、次のようなことが起こっていた。

何か川の流れのような流れがわたしの見つめている視界に表れていた。
時間の流れと言ってもいいし、でこぼこした小石のようなものが流れて
いる川のようなもの、何かよくわからないけれども、言葉で表すと全く
別物のような情景が全く矛盾なくその情景を言い当てている情景が展開している。

私は「息ができない、息ができない」と言っている。「楽にやれますよ」の医者
のことばは違っている、とそんなことも考えているようであった。

麻酔をしていて苦しくないというのは、どうも嘘のような気がする。
私が実際にどんな言葉を発していたかは分からないし、どんな様子だったかも
誰も言ってくれないので本当のところは分からない。静かにしていたのかもしれない。

肺の中に内視鏡を入れ、そして肺の中に水を入れて洗浄していたらしい。何のために
そのようなことをしているのかは分からない。それと、組織を採取することも行って
いたらしい。医者は専門的なことは、聞かなければ言ってくれないし、医者によっては
素人が専門的なことを聞くと、明らかにいやな表情をする医者もいる。まあ、そんな
医者はいい医者とは思えないけど・・・

今回のことで分かったのは、麻酔をかけていても、別の潜在的な意識はちゃんと働いて
いるのだなということが分かった。全く何もわからないのではないということだ。

いわゆる顕在意識が戻ったときはベッドの上にいた。何が起こっていたかは全く分からないが、先ほどの潜在意識が感じていたことはしっかり記憶していた。

その後、ずっと後になって家内から聞いたことだが、検査が終わった後、処置室から出てきた
若い医者数人が「今日のは面白かったな!」などといった不謹慎なことを言っていたのを聞いてひどく腹が立ったことがあったらしい。

検査中そんな面白いことが、僕に起こっていたようだ。

続きは、後日



posted by ram at 10:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年03月13日

間質性肺炎 特発性器質化肺炎 その4 気管支内視鏡検査

入院二日目、いやな内視鏡検査が待っている。前日から非常に気が重い。
あと何時間で検査 なんて時間を計算ばかりしている。

当日、早めに家内が病院に来てくれた。会話する気があまり起こらない。
考えているのは検査のことばかり。かなり気が弱い。

いよいよというとき、看護婦(看護師というのはいいにくい)が入ってきて
吸入器をつかった麻酔薬の吸入を始める。いよいよか、と覚悟を決める。

軽い麻酔をかけてそれから処置室に向かうらしい。吸入がうまくできず、ちょと
焦る。

処置室に入ると担当医(研修医、研修医がやたら多い。いつの間にか本人の承諾
を得ることもなく、研修医が主治医とは別に担当医としてほとんどの医療行為を
担当)が、ガーゼで舌をつかみ、喉の奥に麻酔のスプレーをする。ときどき、
ウェーッとなる。それでも麻酔のスプレーは続く。

スプレーが終わると、ベッドの所に移動。ベッドに乗ったとたん、7名ほどの若い
医師が私を取り囲み、ベッドの上に固定し始めた。手際よく。

続きは、後日





posted by ram at 09:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | 病気

2012年03月10日

間質性肺炎 特発性器質化肺炎 その3

2月14日がわたしの入院日となった。急に決まったのでいろいろ
仕事のことなど片づけることが多く大変だった。

この頃になると5メートル歩くだけでも、呼吸が大変でヒーヒー
言っていた。

入院二日目に例の検査が待っている。いやな瞬間がすぐに予定されている
というのはなんとも言えない気分だった。

入院初日は血液検査を含めいろんな検査があった。なかでも肺活量の
検査が印象的だった。印象的というのは、こんなに空気が肺に入らない
のかという驚きだ。

息をいっぱいに吸えずマックスに近づくと咳き込む。後で聞くと、この病気の
顕著な症状の一つだということだ。

最近は便利な測定器があり、指にはめるだけで酸素濃度を測るものがある。
よく高山登山などでも使われているもの。

この検査でいうと、私の場合95%でそう悪い数字ではない。だけど
息苦しい。この状況はどう説明できるのか?

友達や親戚には今回の入院に関しては知らせてない。
お見舞いというのが好きでないので、一人静かに入院生活をしたいと
いう勝手な思いからそうした。

二日目の検査の際、念のため奥さんに立ち会ってほしいという。
受ける側からすれば、この検査、危険なことがあるのだろうか?
そんな余計な心配をするような、病院側からの要請に、ちょっと
余分な心配をしてしまった。

続きは後日






posted by ram at 10:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 病気

2012年03月09日

間質性肺炎 特発性器質化肺炎 その2

咳があまりに長く続くので娘がやかましく検査を勧める。

娘の勤めている病院で検査をしたところ、肺に影が映っている。
それも肺の下のほうに靄のような影が映っていた。

医者からのがんの可能性も否定できない旨のコメントに愕然としたが、
一度は死ぬ身と、娘には平静を装った。内心大きなショックがあったことは
事実だ。

すぐに県立病院に行くよう予約をとってもらった。

予約日に検査し担当医師との面談がありその結果は、一日も早い入院を勧められる。
この時点では、診断は確定していない。入院後すぐに肺の内視鏡検査を行うとのこと。

ちょっと物が肺に入っただけで咳き込むのに、検査器具を肺に入れるなんて、考えた
だけでもぞっとした。

体は徐々に変化し、この時初めて分かったのは、酸素が体に十分入ってこないと、
体の動きが鈍くなってくるということだった。

高山の登山で酸素が薄くなってくると、動きが鈍くなるという原理そのものが
今、自分の体で起こっている。

続きは後日



posted by ram at 11:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 病気

2012年03月08日

間質性肺炎 特発性器質化肺炎

久しぶりの投稿です。

昨年2月突然の病気で20日ほど入院することになってしまった。

昨年の1月は雪が多く特に1月30日、31日は大雪に見舞われた。

1月の初めから咳が止まらず風邪気味の調子の悪いことが1か月ほど続いた。
咳が1か月続いたら病院へというのが、よく言われることなのだが、事 自分
のこととなるとなかなか行動に移せず、病状も段々悪化していった。

1月30日は一日中雪が降りやまず、しかも調子の悪い体をおして家内の実家の
雪のけに一日中汗を流していた。30日は日曜で、翌日は仕事が待っている。
朝起きたら、駐車場はすっぽり雪に覆われ、車も雪の中、それでも私と家内の車の
除雪を終え、仕事場に向かった。

仕事場の近くの駐車場もやはり雪にすっぽり埋まり、時折見せる日の光に雪面が
反射して、雪に埋もれた駐車場がきれいな雪原となっていた。見方によっては
きれいなのだが、そうはいっておれず、またまた除雪を始めた。2時間以上
かけて除雪が終わったころには、体はとうとう悲鳴を上げていた。

仕事はあきらめそのまま帰宅したが、この作業が決め手になったのか、体が
決定的にダメになり、呼吸もしにくい体になっていってしまった。


続きは次回
posted by ram at 10:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 病気
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